こぉせぃ君がズバリなことを書いておられたので、長文レスしてみる。
長く書くと支離滅裂になる癖があるので、変なところがあってもほんわかした気持ちでスルーしてください。
あと、身の程を知らないのは仕様です。なんか学習会とか月例の反省とかで走り方の議論があるんだけど、なんか毎回曖昧なまま終わってる気がするんだな。
最後に結論をもっとはっきりと言って欲しいと思いました
最近論理的に書く方法って本を読んでるんで特に敏感になってると思います
from毎日クライム
自分としては走り方についての確固とした意見は持ってるつもりなんだけど、トップとかゲットのやり方って人それぞれな部分があるらしいので、あんまり「これだ!」って言っちゃうのもなあって感じでいつも発言してます。だからまとめようと思ってもまとまりにくくて曖昧なまま終わっちゃうんじゃないかなあと。
自分としてこれが一番だと思ってるやってることだから多少押し付けたい気持ちもあるんだけど、あまりそれをやると議論の意味がなくなるというか、自分の気付いていないところを他の人の意見を聞いて初めて気付くとか、そういう部分がなくなっちゃう気がするので発言も曖昧な感じになっちゃう。そういうのが原因の一つじゃないかと。
たぶん来年からになると思うけど、トレ学・トップ学・ゲット学を作るのはすごく勉強になります。
走り方とかサインとかに関して、こういうやり方もある、ああいうやり方もある…っていうのが、一年間もクラブランを体験してればあるはずなんだけど、そのやり方が何故良いのか?そもそも何を目的としているのか?とかを考えて、一番良い方法や、共通した考えなんかを見つけてまとめる作業になる(コピペとかしない限り)から、自分にどれだけ曖昧さがあったのかがよくわかって勉強になるし、ある意味楽しい。
しっかりとした考えがあれば論理的な反論やら意見なんかが言えるし、それは不毛な議論を防ぐことにも繋がると思います。だから論理的にっていうのを追求するのはすごくいいことだと思います。その気持ちを大切に。
ただ、何回か学習会テキストを作ってきた者としては、議論になるような内容を本当にあの時間内で、十分に考えを深められることができるのかっていうのがちょっと疑問です。できるものもあるだろうし、できないものもあるかと。
だからこそ皆が自分の意見を出して、それを皆で共有する。
時間があればそこで人の意見に対しての反論や質問などをする。
自分としてはそういう場になるのが一番理想かなと思います。
考えることは一人でできるけど、他人の意見を聞くのは一人ではできないから。
学習会とか、月例反省会とかで沢山の意見を聞いて、じっくり考えて、それをまた次の走りに生かしていく。その積み重ねで自分の考えが固まっていくんだと思います。
だから多少曖昧に終わって、結論がなくてもいいんじゃないかと。都合の良い解釈をすれば「自分で考える余地を残してある」って感じですかね。
ちなみにああいう議論ができる場は去年くらいから増えた(反省会とかで)んだけど、発言をする人が結構限られてるのがちょっと残念。
実際はどうだか知らないけど、聞いてるだけの人は人の意見を鵜呑みにしてたりするんじゃないかと思ったりして不安があります。その不安が「曖昧でいいんじゃないか」っていう考えにも多少繋がっていて、下手にまとめてしまうと鵜呑みにしてしまうような人に良くない(もちろんそんな人がいないことを願っていますが)んじゃないかなーなんて。
疑問に思ってることとかも、月例の反省とかの限られたところでしか聞く機会はないだろうから、限られた機会をどんどん生かしていくことが自分の考えを深めるのに役立つし、結果としてそれが班の安全にも繋がると思います。だから、疑問質問とかでもいいので、もっと沢山の人が参加して欲しいなあと思います。
かといって無理にでも発言するべきとか、発言を強要するようなことは好きではないのであんまり部長がなんやかんやと…(ryこれもやっぱり曖昧に終わっちゃったか?笑
以上♪